そんなワカメは明日の海に沈む

2017
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#8


ノッティングヒルの恋人のテーマ(?)だからそんなに新しいもんでもありません。
むしろこの人の歌を聴いたのはこれが初めてです。
でもほんとにすてきです。ほんとに。
言葉の末尾がなんだか妙にねちっこく耳に絡み付いてそのまま脳裏に流れ込んでくる。言葉の意味がわからなくたって、ただ一言”she”が聞こえてくるだけで、それは熱いラブソング以外の何ものでもないと感ぜられます。なんとも美しいメロディでありながら、なぜか人間臭い感覚もします。あの話しかけてくるかのような間が、私を彼の近くに呼び寄せるのです。それは物理的な距離の感覚ではなく、むしろ”種”としての同族的な感覚でしょうか。

歌は、音楽でありながら、音楽と一言では言えない側面を持っています。それは、ただそれが音のみでなく意味などを内包しているという理由からではなく、単純に”人”そのものであるというところにあるのでしょうね。というか、そうだと思いたいです。

便利なメディアに囲まれて生活を送っている私達は、様々なすばらしいものを発見したり、よいチャンス、奇怪な知識を知ったりするなど、素晴らしい経験をかつてより多くすることができるようになりました。現に自分だってこの曲をYOUTUBEで初めて聴きました。
ですが、やはり一つのメディアは、どうしても伝えるべき対象の、多くの要素をカットしてしまう。病むを得なくフィルタリングをしてしまいます。そうそう気づかないが、私も、きっとこの曲の多くの良い面を知らずにいる。そう思います。いわゆる”生”の尊重でしょうか。フィルタリングでカットされるものを、然りと考えて見過ごしてはいけません。便利な今、むしろそういったことを、これからはもっと大事にしていかなければならないのでしょう。それはメディアを拒否しているのではありません。むしろ、『メディアの先にあるべきもの』を標榜しています。いわば終着点が常に『生』なものであってほしいのです。それを常に指し示し、実践するのも、アーティストの仕事なのでしょうね。

話がそれたというか、まったく別の話になっちゃいましたw
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