そんなワカメは明日の海に沈む

2017
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#14
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なぜか土曜日、NHK教育の中学生日記を見た。
あ、まだやっているんだな~~~と、そのタイトルの響きに懐かしみを覚えてみてしまったんだけど、なんだか予想外に新鮮だった。

セリフを完全にセリフとして棒読みするうそくさい言葉の中に、何にもかえ難い真実というか、中学生が演じてでしかありえないリアルが詰まっていた。セリフがいかにもセリフだからこそ、そういったものが生きてくる。彼らは、空で読む台本を口にだしながらも確実にそれを真っ向から無視していた。彼ら自身そのものが画面いっぱい占領して、あんなセリフじゃあ到底それを押さえきることはできないという感じだった。中学生ってこの世のすべてに対する懐疑、社会のみならず自己さえも省みる対象であることを悟り、その重圧に耐える年だ。そりゃすごい迫力だよ。

内容は、図書館のカウンタをする陰気なコと、よく図書館にいりびたるごく普通の女のコとが友達になっていく話なんだけども、僕はその陰気なコのことがうらやましくてしょうがなかった。
彼女は普通の女の子みたいに群れるのも好きではないし、妄想の世界にいるほうがなによりも楽しくて、いつも現実を肴にして妄想をふくらます。なんて贅沢なことであろう。最も多感な中学生時代をはばかりなくそのようにすごせたらどんなにすばらしかったことだろう。僕が周囲にとけ込むことや、エッチなことや、他人がウケるネタのこと、好かれる方法ばかり考えていたあの時に、もっと素直に自分の中にとけ込めたらどれだけすばらしかったことだろうか。そう思ってしまった。
僕はあのころ、ストーリに出てくるような陰気な図書委員とかがきらいだったし、そんな人とつるんでいると思われたくもなかったから、そういう友人もいなかった。陰気だとイジメられるしガリ勉とかみたいに思われるし、なによりマジメに見られてかっこわるい。自分のしたいことはなんとなく知っていたけど、やっぱりそれをすることは怖くてできなかった。だから、やはりそういった自分の中にこころおきなく入って行ける人達を勇気があってうらやましいと思っていた部分があったとも記憶している。そういう姿の方が自分をもっと楽にさせるだろうし、充実感に溢れるであろうことも知っていた。

この年になってやっと自己を解放して、自分の律動に素直に乗じることを少しずつ実践できるようになってきた。
だけど、そうなるとあの頃の自分が愚かしくてたまらない。確かに今の自分を悪くはおもっていない。だからあの頃の自分が間違いだったとは思っていないけど、いい時期にとても惜しいことをしたとは思っている。

まあ「もし」はないから仮定の過去を話しても仕方ない。
まだ21でよかったと思っています。
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